他2辺はこっち
■言葉。
言葉は伝える相手がいて初めて成立するものなのです。
届かない言葉に意味はありません。
■春は幻、夏は夢、秋の憂鬱、冬の恋。
というわけで、夏には亡霊が付き物。
今居るはずの無いものが現れたりする季節なので、こんなとこにも
そういった類のものが現れたりします。
●以下の文章は初出が2000年の夏コミに書き下ろしたオリジナルの短編
だったりして、何回か部分的には公開したことはあるかもしれませんが、
全面改正後は、初だったりします。
誰にだって夏は来る
薄黄色の四角いダンボール、全部で6箱。
私、乙女ながらにとって過酷な労働である。
そして、表玄関の街道沿いの所定の位置に設置したのち、
箱の中腹辺りの左右向きな矢印に沿って、親指と中指に僅かながら意思を持たせて
ぴぴっと引いてみると、綺麗に空くものである。
そして、空けた缶を青色の水槽に放り投げる。
「ね、店長、何で「早くて安い出来立ての喫茶店」が売りのウチで、
味もよく分からない缶コーヒーなんて売るんですか?」
「外での営業許可下りなかったからねェ、はははっ」
って、笑い事じゃないでしょ。
「店長ー」
ため息ひとつ。
「えっ、その冗談おもしろくなかった?」
「・・・季節柄、よろしくないと思います」
んー、もう、暑いのに、余計気温を上昇させるぅ。
このオヤジギャク「だけ」はどうにかして欲しいと
毎日つきあっていておもうんです。
「いつもの、自慢の水だしアイスだしたらどうなんです?」
店長も1、5人分の風呂ぐらいある水槽にさっき私の投げ残りの缶を放り込みつつ
「だって、そんなの、見に行く観客に10分も待たすのだったら
お客さん、みんなどっか行っちゃうでしょ」
と、のたまった。・・・間違えじゃ無いけど。
普段、本部FCを勝手に無視して、外注のサイフォン一式なんて
持ちこんで、手書きメニューで加えて、
またそれが売れちゃってて、本部も文句言えずに困惑してる、
なんてことする店長が言うのは、あんまり説得感が、ないなぁと。
奥に引っ込んだ店長尻目に両肘付いてしばらく待つ。
右手で適当に水槽を掻き回して、まあ、これくらい
冷えればといいか、誰に確認することなく。
「コーヒー、コーラ、ウーロン茶はいかがですか〜」
店頭に出て水槽の前で、こう叫ぶ。
振り向き、買ってくれる人はいる。
家族連れ、オレンジジュース、4本。
カップル、サイダー、1本。
初老の老人、緑茶の缶。
「せっちゃんは、いつも精が出るねぇ」
お向かいの名前は忘れたが、タバコ屋もおじいさんは、孫を連れ立って
そして、その孫にせかされるように、左にフェイドアウトしていく。
街の人が或る1点に向かって歩いていく。この町も、人が居て、生きているんだな、
と実感する。そんな夕暮れ。
話しは1週間前の午後に遡る。
半そでの背広の役所の人が、道路に辻向かいになるように、看板を設置していく。
それが今日の運命を決定付けた。
円弧状に歩道へ水撒き、大窓のガラス拭きを終えた私を含むバイト数名が
客のまだ来ない白の円テーブルに召集された。
「えっと、今週末、臨時に夜も営業するから」
開口一番、えーっという叫びにも似た反対を意思表示する発言が聞かれたと
おもうと、ワタシ彼氏と、や、家族と行くから、旧友と待ち合わせ、
など発言により予想されてたこととはいえ、
「じゃ、せ・つ・こさん、ヨロシクッ」
と、相成りまして、半ば強引に決定となりました。。
どうせ、越してきて間もなくだし、始めての夏だし、予定も無いし、
彼氏なんて当然いるわけもなく、
実家に声かけても親には戻ってくるな、なんて、茶化されてるし、
コレと言って、ねぇ。
そういうわけで、言われるまま今日の祭典の準備をしてるわけなんです。
ぼーっと氷風呂に両手突っ込んで、涼んでいると、
「ねぇちゃん、酎ハイは?」
「無いです」
「気がきかねェなぁ」とボソッと。
・・・よーく看板見なさいって。
どこの世界に喫茶店で、ビール出すっていくの。
ゲシケシ、水槽を足蹴にしてると、
「モノに八当たりはよくないねぇ」
と。
「あっ、店長」
急いで営業スマイルを取りつくっても、駄目だモノは駄目。
みょ−な後味の悪さを頭の後ろに抱えてるけど。
「えっ、別によかったんだよ、今日休んでも」
慌てて否定ぐらいしておく。
「ああっ、別に予定も無かったし、暇だからいいかなって」
「そう、そんじゃ、まあいいや。
・・・そうそう、頼んどいた追加の氷押さえたから、新町の氷室まで
取りに行ってきて。豆腐屋の前だから」
ち、ちょっと、
「えー、あそこまでですかーぁ」
「そー、いわないで、お駄賃弾むから」
「・・・・いくらです?」
「30円」
「子供のお使いじゃ、ありませーん」
「一応、急ぎだからね、」
「ね、じゃないでしょ・・・もう、まったく」
「だから、ほら、もう、行った行ったっ」
流されるまま、自転車にまだがってる私。
「あー、メイドさん、自転車乗ってるー」
そ、そこのガキ・・・もとい、小学生。
指差して、叫ばないっつう、の。
蝉も届かないマンションの上層階。
「ねぇ、原稿終わった?」
ぶひー、とペンを片手のその彼女は凄い剣幕で怒鳴り立てる。
「計画ってもの無いの?また、前回と同じ?
大体、あんたが終わらないと、私が書けないの。
判る?つまり貴方は、今本当は、みんなのお手伝いを
していないといけない立場なの。なのに・・・」
「だけど、出来てないものはできないんだから・・・」
割ってはいるのはカナの役目。
「まぁまぁ、2人とも。落ちついて、ね。
ほら、外見てよっ」
七階のサッシ窓から見える、遠くの公営団地の給水搭の上。
合図を知られる、白煙が上がる。
ピシっ、ピシッっと、二秒ほど遅れて、サッシの鍵折りが微動する。
「二時間くらい、休憩しない?」
こう着した事態を解消し、物事を進展させるには、少なからず、
犠牲が必要である。この場合、翌朝の仮眠時間を当てることを
この僅か数秒の発言は意味してるのである。
「・・・ビールでも、飲もっか」
一刻もこの場から去りたい私は、小銭を握り締めて、エレベータホールに陣取っていた。
道端に佇む、作業着の男。
全く絵にならない風景。
その中の主任は困惑していた。
「こんなの予定に無い!」
無線が無造作に呼びかけた。
「ユニック積みの3tは交通規制で橋前で足止めです」
たしか、こないだ公安に申請出しに行った時は何も言われなかったのに。
「あっ、22時からですね」
受け手の役人は厚みのある書類を手動でめくりながら。
「たぷん、大丈夫でしょう、じゃ、コレ通しておきますので」
とだけ、だった。
「ユンボは来ない、投光機も動けない、警備員をまだだ。
いったいこの何もない状況で、俺は何をすればいいんだ?」
早めに現地に来ていた俺に何かを察した
西さんは、水筒のプラスチック製湯のみを置いて、
重い腰を上げながらこちらに向かって何事か語ってくれた。
「ほら、空でドンパン鳴ってるだろ」
「ああ、そうですけど」
「きっと、こいつ花火大会のせいで、車が詰まってるんだろう」
「でしょうね」
「花火・・・前だったかな、オヤジが話してれたことがあってな。
花火は平和の証しだって。
あの頃、爆音ってのは恐怖そのものだったそうだ。
それが、あの夏が終わって、しばらくして、
駅前の区画整理が終わった頃。街で復興記念で
打ち上げることになって、ねぇ」
紅い行灯の燈ったロードコーンの三角屋根を並べつつ。
「今より、幾分小さい寸玉だったかな。
それが上がった時、なぜか涙が出たんだと。
死んだ友にも見せたかったって。
この、何も不安の無い空で」
そういうものなのかなぁ、当たり前に普段見上げる
蒼い空は、何も悲劇をもたらさない。
当たり前って、ついつい忘れちゃうけど。
なにか大事なこと。
「主任、無線です」
茶毛の若者が俺に向かって言う。
「ユニック車、今旧街道口に曲がったそうです。近いです」
ほぼ人の往来が無くなって暇を持て余し気味の私は
水槽に肩肘を付いて、尋ねてみた。
「ねぇねぇ、店長?
この喫茶店から見て思ったんですけど、
表通り、人が固まってる所と、
そうじゃないとこあるんですか?」
そうかな、と一度は言ったが、四方を見渡し、
ちょいと、店先より出た彼が納得したように
こっちに振りかえって答えた。
「ちょっと、いいから、通りのココまで来てみれば」
「ええっ、いいんですか」
車も止まった車道に出て指差した先は、不規則に集団が団子になってる。
見る視線は皆一緒である。あの先の1点を目指して。
我々、っといっても私と、店長の2人だけしかそうではないが
その微かな視力などモロともせず。
「よーく、見てごらん」
ほらっ、と言った瞬間、彼らの顔が赤く射影される。
そして、ボボンーと。
そう、そうか。
「あの辺りだけ、ビルが建ってないから特等席なんだね」
ようやく大会は始まったらしい。
今度は黄色く見えた。
序盤だろう。それほど大きくないので。
向かい側から声を掛けられる、売り子だった私達。
ほとんど仕事放棄状態。
「すみませーん、ビールあります〜?」
ひ弱な少女の声に釣られて「はーい」とは言ってしまったが、
ごらんの通り、そんなものは無い。
もう、皆買うものかって行ってしまったんで、
沈んでるのはコーヒーと、サイダーくらいしかない。
「あっ、ごめんなさい、ビールないんです」
「そ、そうなんですか。・・・じゃぁ、なんか適当に3本ください」
戻った彼女にはキツい一言だった。
「ずいぶん、『イイ』選択してるのね」
いやみに継母風に言った彼女は、500mlサイダーを一気のみして
蒸せ返ってる。
「まぁ、酔わなくて、コレはコレで正解なんじゃない?」
ちびちびと250mlのコーヒー缶を。
「・・・そうね」
ババを引いた、私は一番の売れ残りのミルクコーヒを。
やる気失った女3人。遠くで光る花見を楽しんでる。
さすが距離がありすぎて、慣れてしまうと
ただ無為に過ごすぐらいの感動しか入力してこない。
「来年の今ごろは、誰か隣にいるのかなぁ〜」
一番の背丈の低い、幼く見られた彼女が、ココロ揺さぶる語句を。
「当然、原稿でしょ」
もう割り切った、年長さんがそう言いきった。
「そういうものなのかぁ」
遠くでは、まだ花火は続いていた。
手元の原稿は相変わらず、白紙・・・のままだ。
彼は立ちあがって様子を見に言った。
「そろそろ、時間かな」
「えっ、何です?」
余りにもあれなんで座って袋のイカ摘んでた私に、
振りかえって店長は言った。
「こっち、表に来ない?」
待っていたモノは一通りやって来た。
一仕切り準備できることはやった。
あとは歩行者は居なくなるのを待つだけ。
それには。
「主任、これがラストですね」
窓外に見飽きたのだろうか、誰とも無くこうつぶやいた。
「そろそろさー、再開しない?原稿」
でも、まだ見たいし、でも、やらなくちゃいけないものは
たんまり残ってる。
書きたいもの、表現したいこと。義務。惰性。
賞賛、やっかみ、愚痴、ねたみ。後悔。
だけど無ければ始まらない、始まらせるには区切りが必要。必要なの。
私、セツコは言われるままに軒下より出て、表に立ち、その1点を見上げた。
『『『わー、きれー』』』
きっと、その場の時を共有した皆が放ったんだろう。
聞こえないはずのココでもなんだか感じ取れた。
何故だろう。
何だろう。
よくは分からないけど。
うまく言い表せないんだけど。
たぶん。
以心伝心、皆思うところは同じなの、きっと。
一通り、宴からの帰宅の波も絶え、
ウチの店の有るココより遠くの先では、白く照らされたアスファルト上で
昨日と同じように道路工事が始まりだした。
私はどうかというと、
役目の終わった水槽の水を抜き、あらかた中性洗剤で磨き終わり
奥の物置に今洗い終えたものを押し込んで、
さぁ終わった終わったと、後は声かけて着替えて、帰るだけかなと
考え出した頃。
奥からうれしそうに何か抱えてやって来た。
「じゃーん、これ、なーんだ」
・・・まったくもう、店長、子供なんだから。
「狙ってたでしょ、これ」
「まぁ、ね」
そう言う私も、袋をちぎり既に選考を終えた花火を手に
ろうそくに、火が燈されるのを、今か今かと待ち構えてる。
「こんなのでも、いいのかなぁ」
苦笑いと、照れ笑いと、それらいろんなカンジョウが入り混じって
放った、小言。
何も待たなくても、何も期待しなくてもどうにかなる。
心がけ次第で、鬱にも幸せにもなる。
現実はよく考えたら辛いことだらけだと思うし、
幻滅することもままではない。
だけどやっぱり
きっとわたしの夏は、これからだと思う。
だってわたしの夏だもの。
そして、誰にだって夏は来る。
夏は始まったばかりだもの。
−区切りとしての文章的な、終わり−
■後書きがらみなものを。
2000年当時、前会社を辞める直前だったりして、
かなり荒んだ気分の高まったまま取りかかったので、
かなり説明不足でぶっきらぼうに文章を進めたり、
また場面転換の部分が非常に分かりにくいということもあったので、
今回はそれを重点に直しましたが、どうなんでしょう。
また、場面転換の部分がわかりずらいというのは、一つにはわけがあって、
もともと、これを作った原型というのがWeb発表や同人誌形式ではなくて、
実は学校などの演劇で使えるような台本形式だったのです。
だから、場面設定も喫茶店、その前の路上、そして向かいのマンションと、
狭い範囲でまとめて、比較的ウチの作品にしては登場人物が多く
(名前の無い役を含めるとクラス1つ分くらい出せるように)
そしてそれらが同時進行しているのを見せるために数回、
各場面の人物たちが接触させるように導いたりもしました。
これで各場面ごとにスポット当てて物語を進め、
肝心の最後の花火は観客の裏手で行って、まさに観客にも驚いてもらおうと・・・
とか思い巡らしては見たものの、当時より現在に至っては無くしてしまった信頼と
萎んでしまった創作活動に現れるように前進よりはまさに退化後進しているとろは、
非常に心苦しいですしお詫びのしようもありません。
さて、こんな夢か幻かのようなモノでも、ココロにすこしでも気に留めていただければ幸いです。
誰にだって夏は来る。そう、あなたの夏は始まってますか?
初出 2000年 8月
修正 2002年 8月16日
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